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2014.07.01
江戸時代の線香製造工程の模型の模型を作りました
江戸時代の線香製造工程模型を作られた中造会長にお伺いしました。
この模型は江戸時代のお線香を作る工程をリアルに、そして精密に再現されているとのことですが、まず作り始めるきっかけをお聞かせください。
『平成19年の秋、私が所属している団体の機関誌に、江戸時代の線香製造機「線香突」(せんこうつき)に関する記事が掲載されていました。その記事には資料館を建てて「線香突」の実物を保存、展示してあるとあります。子供の頃、事務所の壁に刺繍によるその絵が掛けてあったことを思い出した私は、早速「是非とも拝見したい」と手紙を書き、数年後に初めてその現物との対面が実現したのです。「線香突」は長さ3m、高さ2m、幅1mの木製で、長い年月、和歌山県の農家の納屋に放置されていたため、かなり表面は傷んではいるものの、その大きさと風合いに圧倒されてしまいました。写真撮影と採寸の許可をもらい、「線香突」の江戸時代の風俗図絵が掲載された冊子もいただきました。この時私は思ったのです、「原寸大で作るのは無理でも、模型ならば何とか〝自作〟できるのではないか…」と。』
工作と言いますと、社長は以前より工場内で使用します備品類の製作や、機械類の設計をされていますね。
特にオーディオ用スピーカーを自作されることが得意で、スピーカーコンテストで大賞を受賞されたこともございましたね。
『私の趣味は日曜大工をベースとしたモノ作りで、子供の頃からあらゆるものを自作してきました。このような模型工作を50年以上、実益を兼ねて楽しんでいますが、今回の製造工程模型のようなものは流石に作ったことがありませんでした。一番初めに頭を悩ませたことは「木の古い感じを塗装で表現するには、どのようにすれば良いのか?」でした。数週間試行錯誤した結果、木地に色ニスを塗り、すぐにタオルで拭き取るという方法に辿り着きました。そして平成25年2月、「線香突」の模型製作に取り掛かったのです。』
最初に作られたのが「線香突」とのことですが、製作日数はどのぐらいですか?
『縮尺を1/5に決定し、実物の寸法と江戸時代の絵図を元に、細部の構造を確認しながら、休日を費やして作業を進めた結果、3ヶ月ほどかかってようやく完成に漕ぎ着けました。そして、ついでにそれを置く部屋も作ってしまいました。完成した「線香突」を見ていると、急に子供の頃の線香工場の記憶が甦ってきたので、「古い線香製造工程を覚えているうちに模型で再現し、資料として残そう!」と思い立ち、自分の記憶を頼りに全工程の模型作りに取り掛かりました。結局、すべてが完成したのは年末でしたね。』
つまり、「線香突」以外はご自身の幼少期の線香製造工程を再現されたということですか?
『そうなのです。昭和30年代、線香職人さんは朝早くから出勤し、粉まみれになって働いてました。その光景を昨日の事のように覚えています。その当時の工程の殆どは、江戸時代から基本的に変わっていないと思います。』
「線香突」以外の工程模型もすごく丁寧に作られていますが、難しかったのはどのようなところですか?
『線香の製造工程である「調合」「捏ね」「押出し」「生付け」「乾燥」「板上げ」を忠実に再現しようと思いました。すべての工程の縮尺を1/5にこだわるため、干し板の厚みから干し場の連子窓の構造、細い線香の筋の再現…と製造法を考えないとならないことは山積みでした。その中でも特に頭を悩ませたのが、細い線香の筋を作る方法です。何を使えばお線香に見えるのか? 2ヶ月ほど考えて閃いたのが、太さ0.7mmのタコ糸を使うことでした。』
あ、これはタコ糸で出来ているのですか? でもタコ糸をどのようにしてお線香にしているのですか?
『まず、熱帯魚水槽のガラスを取り去ったような四角い木枠を作り、その外側にタコ糸を密に並べてぐるぐると巻いていきます。次に、その内側から水で薄めた接着剤を塗って固め、表側から焦茶色の塗料を塗ります。完全に乾くのを待ってから決められた長さと幅に断裁すれば、乾燥板に並んだ線香のように見えるのです。並んだ線香の次は把のお線香です。こちらも先程の作り方と同様に、24本のタコ糸を束ねて接着剤で固めて、乾燥後に塗装し切断すれば出来上がるのです。この方法で200把の線香を作りました。』
200把ですか! 気の遠くなる作業ですが、どのくらいのタコ糸を使われたのですか?
『最終的に2,000m近いタコ糸を使いましたね。(笑) ほぼ全工程の模型を作り終えたのが平成25年の年末でしたから、10ヶ月ほどかかりましたが、実はまだ麻袋の積まれた原料倉庫と、線香の箱詰めや仕上げ作業部屋の模型製作が残っているのです。』
まだまだ製作意欲が尽きないご様子ですが、模型製作には様々なアイデアが必要だと思います。そのようなアイデアはどのようにして思いつかれるのですか?
『この模型作りに挑戦する少し前に、近くに大きなホームセンターが開店しました。ここは品揃えがとても豊富なので、多種類の材木や金属材料、工具に塗料までも揃っています。アイデアに行き詰った時に店内を徘徊していますと、解決策を見出すことが出来たり、次のイメージが湧いてきたりと、結構楽しむことが出来るのです。あれもこれも欲しくなるので、無駄遣いには十分注意しなければなりませんが、私にとっては本当に心安らぐ空間ですね。』
最後に、模型製作を通じて感じられることは何ですか?
『趣味と実益は相反する命題だと良く言われます。でも、上手くやることによって、相乗効果が期待できると実感しています。これからも、仕事を遂行しながら趣味を楽しみ、趣味を楽しみながら仕事に役立つアイデアを捻り出したいと思います。』
江戸時代と現在の製造工程の比較
1
原料
お線香に使われる原料には、生薬系の原料と香木系の原料があります。
江戸時代の製造工程(模型1/5スケール)
2
調合
各種の香りの良い漢方薬や香木を粉末に加工し、篩(ふるい)で濾して粒子を揃えます。調合帳に従ってそれらを計量し、混合します。40年前頃まで計量には天秤を使用していました。模型は台秤です。
3
捏ね(こね)
調合済みの香料(漢方薬や香木類)と基材となる椨皮粉(たぶかわこ、椨の木の樹皮粉末)とを混ぜ合わせ、適量の温湯を加えて練り上げます。
20~30分練ると粘りが出て粘土状になりますので、それを玉(捏ね玉)に固めます。練り上がった直後は、中心部と外側の温度が異なるため、すぐに線香突きの作業には取り掛からず、捏ね玉に水を掛けながら1日ほど寝かせます。
4
線香突き
線香突きの臼部に捏ね玉の表皮を剥いて(濡れていて内部と性状が異なるため)入れ、杵を乗せて梃子棒で圧力を加えますと、底の巣金(樫の木の板に複数の孔を開けた物)を通して、細い線香が出て来ます。
職人は二人一組で、一人は輪軸で梃子棒を引き下げる作業を担い、もう一人は押し出される線香を扱いますので、息を合わせる必要があります。杵の作動行程が短いため、杵と梃子棒の間に木製のブロックを何個か噛ませ直さなければなりません。現在の製造機械に比較して、この線香突きでは押出し圧が弱いため、線香は柔らかめに捏ね上げていたと推測します。
5
盆切り
押し出されたお線香を小型の板(盆板と呼ぶ)に受け、上下のはみ出した部分を竹ヘラでこそげ落とします。この作業を「盆切り」と言います。
6
生付け
盆板に載った線香を手本板に載せ替えます。この時、線香が真っ直ぐになるように軽く引っ張りながら、線香同士が密着するように並べます。手本板の上下にはみ出した線香を長い竹ヘラでこそげ落し、干し板(乾燥用の板)に移します。この作業を「生付け」と呼びます。
※手本板の幅がお線香の長さになりますが、乾燥が進むと必ず縮みます。従って、五寸の線香と言っても、本当の寸法は四寸八分程度です。本当の五寸の線香は正五寸と呼んで区別していました。
7
乾燥
線香の並べられた干し板を四十枚積み上げ、干し場(乾燥室)に運びます。干し場の窓は「連子」で、業界ではこの縦スリットの窓を「べかこ」と呼んでいます。
乾燥の進み具合を見ながら、窓の隙間を調整します。四十枚積んだ干し板全体に、均等に通風できるように工夫されています。
干し場では、積み上げた干し板が倒れないように、床から天井まで、竹竿が何本も立てられていました。
5~7日ほどの間に乾燥が進みます。最初は空気に触れている表面が乾燥し、収縮するので、線香が軽く上に反ります。その後板側の面が乾燥して反りが戻りますので、そのタイミングを見計らって、干し板をずらして線香を挟み込み、重石を乗せて数週間放置します。(癖直し、押しを掛ける、と言います。)
8
くせ直し[押し]
線香の乾燥が、ある程度進んだ所で干し板をずらせ、線香をはさみ込みます。重しを載せて、押しを掛け、線香の反りを直すのです。この状態で1~2週間寝かすと更に水分が蒸発し、乾燥が進みます。
9
板上げ
乾燥の終了したお線香を、既定の重量の把にまとめます。竹ヘラに付けた印で、並んでいる線香の幅を計れば、把の分量が決まります。軽く板状にくっついたお線香をピラミッド状に積み上げ、把にすれば隙間のない把になるのです。
二面の開いた木箱(横どりと呼びます。)に把になった線香を積み重ね、1ヵ月ほど貯蔵しますと、香りが安定すると共に、もう一段乾燥が進みます。僅かに収縮するため、紙の帯(イソと呼びます。)が少し緩むことで分かります。
10
仕上げ
把の状態で、化粧紙を巻いたり、中央のイソに帯を巻いたりして箱詰めし、お線香が完成します。
昔の乾燥工程では、お線香は一度軽く反り返ります。それを干し板に挟み込んで重石を載せ、癖を直していました。当時の線香は全て把の状態で販売されていましたので、曲りは問題は無いのですが、近年、バラ詰めの形態が一般的になり、湿度の影響で線香が曲がってしまう不具合が起きるようになりました。
これは、乾燥中にお線香が一度反っている状態を経ているからだと推測します。板上げ時点でも乾燥は十分ではなく、曲りの原因になります。現在では段ボール板を利用した積層乾燥法によって、真っ直ぐな線香の製造が可能になり、不具合は極めて少なくなっています。
現在の製造工程
2
調合
父祖伝来の調合帳には、各漢方原料の割合が記されています。
現在では調合帳に基づき、コンピューター制御の全自動調合システムで各香料を計算します。
3
練り
ふるい終わった原料と基材の椨皮粉を混練機に入れ、お湯を加えて練り上げます。
4
押し出し
油圧式の押し出し機で線香を押し出します。
5
盆切り
押し出したお線香を盆板(ぼんいた)で仮受けします。
6
生付け
盆板に取った線香を、乾燥板に隙間なく真直ぐに並べます。
7
胴切り(どうぎり)
線香に定規を当てて、既定の寸法にカットします。
8
乾燥
線香がのった乾燥板を積み上げて乾燥させます。
業界に先駆け昭和54年に発明した「積層乾燥法」を採用しています。
※「積層乾燥法」の詳しい説明はこちら
9
把上げ(たばあげ)
乾燥の終わった線香を規定重量の把にまとめます。
10
貯蔵
通常 高級品ほど長時間寝かせておき、香りが安定するのを待ちます。
11
仕上げ
バラ詰め、把詰、進物用などそれぞれの用途に応じて仕上げていき、箱詰めしていきます。