香木編

香りは自然の恵みから

香木 "沈香"について

東南アジアの密林から

沈香とは、東南アジア諸国の密林で沈丁花科アキラリア属の喬木から採取される香木です。産地はベトナム、カンボジア、タイ、ラオス、ミャンマー、インドの一部、マレーシア、中国、インドネシア、西イリアン(ニューギニア島)など熱帯、亜熱帯圏の国々です。ベトナムなどのインドシナ半島からの産出量が減少し、最近では西イリアンまで足を踏み入れるようになりました。

香りは産出地によって異なり、たいへん複雑で様々な味が絡み合っています。甘い、酸っぱい、辛い、苦い、鹹い(しおからい)などの味に例えて表現します。

腐敗の防御で沈香生成

切り株の上面が雨風に晒されたり、幹や枝の部分に傷が付いたりすると、樹木はその部分に樹脂を分泌し、腐敗が進むのを防御します。長い年月の間に木質部は腐りますが、樹脂の沈着した部位が残りますので、それを香木沈香として採取するのです。

インドシナ半島では、平たい板状や節のような複雑な形状の物が多く見られます。インドネシアやボルネオ島産の沈香は、木目の通った棒状の物や幹その物に樹脂が沈着しているのが特徴で、比重は比較的大きめです。沈香は樹脂が沈着しているために、燃やすと火力が強く、勿体無い話ですが、過去には現地の人がそれを燃料として利用していたこともあるそうです。

この産地の違いから、香りの特徴も異なります。前者は比較的に甘めの薫り、後者は酸味のある辛めの薫りです。

沈香の採取量が減少し、価格が高騰した現在、ラオスやベトナムで沈香の人工栽培が行われるようになりました。沈香を生じる樹木を植えて、その幹に孔を開けたり、傷を付けて特殊なバクテリアや薬品を塗布注入し、樹脂の分泌を促進する方法です。早い物で数年すると樹脂の沈着した部分が採取可能となります。天然の物に比べると、薫りの質はかなり劣っています。

沈香の採取には森林やジャングルに分け入って樹木を伐採し、その中から取り出す必要があります。結果として環境保全の世界的な政策に反するため、ワシントン条約によって、沈香の輸出入には厳しい管理体制がとられるようになりました。

150度以上で香りを発散

沈香は常温では香りを発しませんが、摂氏150度以上に加熱すると樹脂の成分が蒸発し、香りとして感じられるようになります。(上質のインドネシア産沈香には常温で薄い香りを発するものがあります。)色が黒くて紫外線に強く、常温では揮発しないため、長い年月貯蔵しても全く変質しません。千年以上保管されているものでも焚けば香りを発するのです。

万能薬としての沈香

沈香は漢方薬の処方では万能薬に属します。強壮、鎮静などの効果があります。奇応丸(樋屋奇応丸の商標で有名)と言う子供の疳(かん)の虫の薬では主成分が沈香なのです。沈香(お香)を焚くと気持ちが鎮まるのはこの効果の現れでしょう。変わった所では高級な紹興酒(老酒)にも配合されています。

究極の香木 "伽羅"

香木沈香の中で最も貴重なものに伽羅があります。ベトナムの限られた地域でしか産出せず、しかも極めて少量です。その香りを昔の人は、『その香り高貴なこと、宮人の如し』と表現しています。常温でも清やかな香りを発し、焚くと濃厚な他に例えようの無い伽羅独特の香りです。

伽羅を採取する樹木は他の沈香とは異なります。ベトナム中部の古都フエにグエン王朝の故宮があります。その門の内側に一抱えもある大きな鼎脚の香炉が9個並んでいて、それぞれにベトナムの特産品がレリーフとして描かれています。伽羅木の絵と生じる部位、そして、(キーナムと読む)の文字、これが伽羅です。勿論、沈香の絵もあります。その絵を比較すると、明らかに枝や葉の形状、生じる部位が異なるのです。ベトナムへ旅行される機会があれば、是非、訪れてみて下さい。

最近、伽羅は殆ど採取できなくなりました。既に取り尽くしたのかもしれません。昔に買い入れたものを少しずつ使用しているのが現状です。もし、お持ちであれば、大事にお使い下さい。

香木購入一口アドバイス

お土産に注意

以前インドへ旅行したとき、土産物に沈香を勧められました。インドでは一部の地域でしか産出しないため、これは珍しいと思って現物を見せてもらうと間違いなくインドネシア産の沈香です。しかも価格は日本の小売価格より数倍高価。インドのアッサム地方で産出するものとは全く異なります。折角買って帰ってもインドネシア産ではがっかりですね。土産物にはご注意下さい。

焚き比べて判別

ベトナムでも同様で一般の土産物店で売られているものの中に時々偽物が交じっています。高級な沈香の外観そっくりに彩色し、素人が見ても見分けがつきませんので、実際にその場で削って焚いて見る必要があります。偽物は削ると下地が出てすぐに判別出来るのです。しかし、我々のように職業にしている者でも稀に失敗します。信用のおける業者でも分からずに扱っている場合があるのです。

ですから、私共では買い付けの時、必ず比較できる標準品を持参して、その場で焚き比べるようにしています。

箱の方が立派な沈香

数年前、ある方から沈香の高級品を購入しようと思うので、預かった品を鑑定して欲しいと依頼を受けました。期待を胸に伺うと、立派な桐の箱から上等な布に包まれた沈香(?)を取り出されたのです。残念ながら真っ赤な偽物、数百万円と聞きましたが桐の箱の方が高価なくらいです。『買わない方が良いですね。』と申し上げて帰りましたが、持ち込んだ人も偽物とは知らないのです。何処でどう間違ったのか、このような話が最近目立ちます。

香木の見分け方

沈香の名称はその品質を見分ける方法に由来します。比重の大きいものが上品なので水に沈めて区別したのです。従って、水に沈む香木、即ち沈水香木(じんすいこうぼく)、それを略して沈香と呼んでいます。

まず、ずっしりと重いかどうかを見極めます。次に色合いですが、産地によって異なりますので一概には申せません。相対的に黒めなものが良いでしょう。
小片を口に入れて噛み砕き、口から鼻へ芳香が抜けるかどうかも判別の方法です。伽羅などは苦みが鼻へ突き抜ける感じがします。

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